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安息日

Shrine of Bab,Haifa(新しい世界遺産です)

 金曜の日没から土曜の日没まではシャバットと呼ばれる安息日。多くの商店は休み、交通機関も便数が極端に減ったりする。土曜日朝にハイファからテルアビブに移動した。幸いシェルートという乗り合いバスが宿近くから出ていた。テルアビブの宿に着いたら部屋が確保されていなかったことが判明。他のホテルを取るが今度はなかなかタクシーを呼べない。チェックインしたのは夕方6時。私の安息日も終わってしまった。
| Israel | 22:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
カディフィカレ

Dor Beach,Haifa

 古い話ですが、まだ旅を始めて間もない頃、トルコのエーゲ海沿いのイズミールという町。カディフィカレと言う城壁のある丘に登って写真を撮っていると、通りかかった少女にお茶に招かれた。家には誰も居なかった。家族の写真を見ていると、父は居ない、母も居ない、兄は今度結婚するのというような事を話した。見ず知らずのアジア人に話しかけたのは寂しかったからだろうか。トルコ語は片言しか分らず会話は進まなかったが、チャイを何杯か頂いて丘を降りた。坂を下りながら、何か御礼をしたいと思った。少女が穴の開いた服を着ていたので、女性用の洋品店で皮のジャケットを買い、タクシーで丘に登った。彼女は最初、高いから貰えない…と言ったが、居合わせた友達が貰いなさいよと勧めると受け取ってくれた。当時はそんな御礼の仕方しか私には思いつかなかった。
 旅をしていると(勿論そうでなくても)いろんな人のお世話になる。とても、とても有難いことだ。そこまでしてくれるのか…ということも多い。大人になって、少しは金持ちになったら日本に招待したいと思った事も何度もあった。残念ながら、人生半分終えたというのに今だ自転車操業の身で、一度も実現出来ないでいる。
 物やお金でのお礼は時と場合、そして相手によると思う。ヒマラヤを一緒に歩くシェルパの友人は、この国で一番のお礼はお金だと言う。写真でその国に少しでもお礼をしたい(役に立ちたい)という思いは、もしかしたらだが少しは出来ているかもしれない。ツアーガイドやレストランなどではいくらかスムーズにチップ(お金)を渡せるようになったかと思う。しかし肝心のお礼は、これはなかなか難しい。まだまだ、である。


Tishbi Winerie
| Israel | 04:44 | comments(2) | trackbacks(0) |
ascent-open

Tsfat

 ゴラン高原のツファットという町はユダヤ教四大聖地のひとつらしい。宿のベランダで、どこかのワイヤレスを拾ってUP。部屋は扇風機でも、今にも崩れ落ちそうなベランダでも、3号室の鍵でも開いてしまう6号室ですが、ネットにつながると言う点で、いいホテルです。
| Israel | 04:44 | comments(3) | trackbacks(0) |
カナ


 旧市街の朝市をたまたま通りかかったら、“ロンドンへ行く”青年がネギを剥いていた。店を出す準備をしているところだった。彼は本当にロンドンに行きたいのだろう。

 ナザレ郊外のカナという町は、イエスが初めて奇跡を起こした所。水をワインに変えたのだという。カナのワインは初めてだ。念のため、帰りにアラブ人のスーパーで別のワインも買ってきた。万が一の予備に。

追記:カナのワイン、少し残しました。

| Israel | 01:24 | comments(0) | trackbacks(0) |
I will go to London.

Nazareth from Thai restaurant on the hill

 俺、ロンドンに行くんだ。二十歳のアラブの青年はそう言った。
 ナザレの宿は受胎告知教会からさほど遠くない、旧市街の一画にある、ロンリー・プラネット(英文の旅行ガイドで、地球の歩き方のような本)に一番に紹介されているバックパッカー向けの宿だ。車が入れるところまで迎えに来てくれたのがその青年だった。ハイファで2年美容師の仕事をしていたらしい(彼は普通のイスラエル人がするような、3年間の徴兵には参加してないのか…)。親は悲しがっているけど、自分はもうナザレに居たくないのだと。彼の夢を聞いた(聞かなくても彼が話すのだが)。それはごく普通の若者が、当たり前に夢見るようなことかもしれない。第三世界の国々で、彼のような若者に会うことが多かった。てっきり宿の人間だと思っていたが、どうやら英語の勉強に、この宿に出入りしているようだ。ワインを飲み干して部屋に戻りかけると、青年は他の旅行者に、俺ロンドンに行くんだと…。
 
 丘の上にあるタイ・レストランからの帰りのタクシーを降りる時、どうやら財布を落としたらしい。現金は3万5千円ぐらいだったが、警察やタクシースタンドを回り、クレジットカードやキャッシュカードを止めるための国際電話やらで、ナザレの夜景は高くついてしまった。

追記:ドゥールーズ派など一部を除き、アラブ人は徴兵がないのだと言う。
| Israel | 03:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
better than nothing?

Ein Boqueq,Dead Sea

 ○塚製薬のポカリは、社員が出張先で体調を崩さないような健康飲料はないか、ということから開発されたと聞いた。自社向けのものだから、“気”持ちが込められているのだ。1リットル用の粉末パックは一袋74g。一方日本CC社のAは51g。5袋入りの箱でAの方が100円位安いのだと言う。飲み比べてみるとポカリの方が少し甘く感じる。しかし断然ポカリの方が美味い。熱中症防止にどちらが効果があるかは分らないが、暑くてヘロヘロになった時、すがるようにしてでも飲みたいのはポカリの方なのである。
 今日からナザレ4泊は扇風機暮らし。ポカリは残り二袋であとはAのみ。あるだけ有難いことです…。
 

| Israel | 05:02 | comments(0) | trackbacks(0) |
YMCA @ガリラヤ湖
 
Sea of Galilee

 ティベリヤの宿はYMCA。一種のキリスト教系の宿だ。電話やネット環境は無いが、エアコンや冷蔵庫が付いているし、トイレ・シャワーも部屋にある。昔はYWCAに泊まったこともある。多分バングラディシュのダッカだったか、男性でも泊まれたのだ。ここはティベリヤの街から歩くにはちょっと遠い(涼しければ歩ける距離かもしれない)ので、隣の部屋の夫婦はピザの出前をしていた。二晩連続夜11時半にテラスで食べるものだから、なかなか寝付けない。朝は5時ぐらいから会話が聞こえてくるので起こされる。お陰で睡眠不足だが、ガリラヤ湖の日の出を撮ることが出来た。何事も感謝です。ここ8号室は入った時からかび臭かった。おそらく天井裏の雨漏り跡と、そしてエアコンの中がかびていた。昨晩は大きなゴキちゃんも出た(出前のピザの食べ残しは早く捨てましょう)。それでも泊めて頂いているので、有難いことです。
 疲れてくるとマイナスの波動を出してしまう。“気”をつけなければ。反省。

| Israel | 03:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
一足先に

Hotel,Tel-Aviv

 テルアビブは海水浴で賑っています。日本も昨日は暑かったとか。


Tel-Aviv

 今日からイスラエル北部を回ります。ネット環境は不明。撮影はまだあと一月続きます。
 
| Israel | 13:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
旅の暑さ

on the Route 211,Negev

 テーブルクロスは春秋に見るチャンスが多いということだった。ガイドの一人は、年に30日位だと言う。イスラエルの夏はとても暑いので、訪れるなら3月4月がいい。春は花も綺麗だ。
 死海以降は日中の気温は40度位だ。ネゲブ砂漠は夜は結構涼しくなるが、死海では夜明け前でもなま暖かかった。死海の水は風呂のようだった。気温が体温を上回ると要注意である。去年の東ヨーロッパも猛暑だった。ベオグラードやアテネで45度を超えていた。クロアチアでも40度はあった。3年前の8月の紹興。気温は38度位だったと思うが、石を敷き詰めた観光地は照り返しもあって体感温度はそれ以上だった。初めて熱中症になりかけたのがその時だった。水やビールは充分に摂っていたが、塩分が足りなかった。味噌汁や醤油ラーメン(またラーメンだ)が無性に食べたかった。それ以降、暑い所に行く時は粉末ポカリを持って行くようになった。そして冷えピタ、熱さまシートも。
 ネゲブで乗っていた車にレスキュー要請があった。ドライバーはボランティアのレスキュー隊員だった。マウンテンバイクで回っていたツーリストが熱中症になったらしい。かなり疲労していた。粉末ポカリと冷えピタを渡した。
 暑い国や暑い時期に何度もあちこち訪れたが、私が行ったなかで、人が住んで居る所で一番暑かったのは5月のスーダンか。日陰で47度。持っていた温度計はそれ以上は上がらなかった(測れなかった)。小学校低学年並の体力で旅していた。余りにも暑かったので、ハルツームのダウンタウンにあるエアコン付の茶屋に入って、冷えたコーラを飲んだ(スーダンは禁酒国)。最高に幸せな瞬間だった。一度楽をすると甘えてしまうもので、次の日も、その次の日も。エアコン付の茶屋に通ったのだった。


The Bedouin Market of Beer-Sheva
| Israel | 00:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
涼亭教会

取材に行ったクラウンプラザホテルのロビーに???

 エイラートの宿は Shelter Hostel。ドミトリー(相部屋)のホステルで、バックパッカーや長期滞在者の宿だ。二段ベットふたつとシングルベッドの5人部屋。外では白人旅行者達が車座になって話している。昔の貧乏旅行時代を思い出す。トイレ・シャワーは共同。アシスタント時代を思い出す。しかし某大使館はよくこういった宿を探したものだ(今回は某大使館の強力バックアップで取材という事になっているので5人部屋をシングルユースだ)。宿の入り口の上に漢字で涼亭教会と書いてあった。一種の(?)キリスト教系のホステルだ。変わった名前だが、実際に宿の前にシェルターがある。今でこそ使われていないようだが、エイラートはエジプトとヨルダンとの国境の町。
 宿の周辺はアフリカ系の住民も多い。近所から若者たちの歌う声が聞こえていた。アフリカを旅していた頃良く耳にした音楽だ。昔、対岸のアカバからスエズへ船で渡ったのが、アフリカの旅の始まりだった。


The Shelter Hostel,Eilat
| Israel | 00:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
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